八橋人形とは

八橋人形の歴史

 八橋人形は粘土を型抜きして焼き、顔料で絵付けする素朴な土人形です。

 江戸時代の安永〜天明(1772〜89年)頃、京都伏見の人形師が伝え、初めは秋田市川尻鍋子山付近(秋田市立病院付近)で、後に秋田市八橋地区を中心に作られるようになりました。

 江戸期から明治初期の古いものは伏見人形の影響が強く、明るく華やかなものだったものが、大正、昭和と時代がくだるにつれ、重量感のあるものへと変化しました。今、八橋人形として手に取ってみる事のできるものの多くは昭和以降に作られたものです。

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愛されてきた八橋人形

 八橋地区には天神信仰の菅原神社があり、お祭りの際には天神様の人形が沢山売られたといいます。天神人形は「八橋のおでんつぁん(天神様)」と呼ばれて親しまれました。

 男の子が生まれると天神様、女の子が生まれるとおひな様を買って祝うことも多く、長く庶民の生活に寄り添ってきた人形でした。
 写真は、2014年秋に開催された八橋人形展の際に展示された人形の一部です。どれも個人蔵で大切に保存されてきたものばかりです。クリックするとスライドショーで見ることができます。

 

◆現在の八橋人形

 伝承の会では、型抜き、焼成、絵付けの全工程を工房で行っています。絵付けはトモさんが行っていた顔料と膠による方法ではなく、現在広く使われているアクリル絵具を使用しています。

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◆伝統技法絵付け

 アクリル絵具を使わず、昔ながらの顔料と膠を使う絵付けです。伝承の会では何種類かの人形をこの技法で絵付けし、「伝統技法絵付け」と明記して販売もしています。

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◆古調八橋人形

 今はほとんど手に取ることのできない、江戸から明治にかけて作られていた古い八橋人形の再現を試みたものです。原型から制作し、絵付けも伝統技法で行っています。

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◆最後の職人・道川トモさん

 かつて八橋地区には多くの人形店が軒を連ねたといいますが、昭和にはいると道川家、遠藤家、高松家の3軒のみになり、平成元年に高松さんが亡くなると道川トモさんだけに。以来、道川さんは20年以上にわたり1人で八橋人形を支えてきました。
イラストは秋田県広報誌「あきた新時代」2003年4月に掲載されたもの。(年齢は掲載当時)

写真は2008年11月と2009年4月に撮影されたものです。

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